一般財団法人 日本環境衛生センター

アジア大気汚染研究センター

Asia Center for Air Pollution Research (ACAP)

背景と経緯

背景


森林の減少

酸性雨とは、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などの大気汚染物質が硫酸や硝酸などに変化し、水滴に溶け込んで雨や雪等の形で地上に沈着する現象(湿性沈着)のほか、広義にはガス・エアロゾルとして直接地上に沈着する現象(乾性沈着)を含む総称です。その結果、森林、土壌、湖沼等の生態系への影響を初め、建造物の劣化や人体への影響等も懸念されています。酸性雨はまた、その原因物質の発生源から数千キロメートル離れた地域にも被害を及ぼすことが知られており、国を越えた地球規模の環境問題の一つです。このため、酸性雨問題の解決には関係各国が協調して取り組む必要がありました。ヨーロッパでは、1979年に長距離越境大気汚染条約が締結され、同条約に基づく酸性雨状況の監視・評価、酸性雨原因物質の排出削減対策等が進められています。

1992年6月の「環境と開発に関する国連会議」で採択されたアジェンダ21においても、「ヨーロッパと北米における取組の経験は継続・強化され、世界の他の地域に共有されるべきである。」と指摘されました。

このため、1970年代以降のこれらのヨーロッパ等の地域での取組も踏まえ、東アジア地域における酸性雨問題への取組の第一歩として、「東アジア酸性雨モニリングネットワーク(EANET)」が日本のイニシアチブと東アジア各国の協調の基に組織され、1998年4月から2001年までの試行稼動の後、政府間会合の決定を経て2001(平成13)年から本格稼働が行われています。このEANETのモニタリング活動は酸性雨の関連物質としてオゾン及びPM(PM2.5、PM10等)を含むものです。さらに、2010(平成22)年には、それまでの実績等を踏まえて行われた国際的な議論を経て、参加13か国の新たな合意である「EANETの強化のための文書」の採択が政府間会合により決定され、この文書に基づく活動が2012年1月から開始され、精度保証・精度管理(QA/QC)の基に長期に亘る東アジアにおける大気環境データが蓄積されるとともに、他地域も含む世界中で活用され、現在に至っています。

経緯

1. 専門家会合開催(1993-1997)

東アジア地域の国々は世界の1/3強の人口を擁し、近年めざましい経済成長を遂げる一方、エネルギー事情等から硫黄含有率の高い石炭や石油に依存せざるを得ない国も多く、自動車交通の発達とも相まって硫黄酸化物、窒素酸化物等の排出量の増加に伴い深刻な大気汚染問題に直面しています。世界銀行では、このままの状況で推移すると、主な酸性雨の原因物質である二酸化硫黄の排出量は2020年には1990年の3倍程度に増加するとさえ予測しました。当時のこうした東アジア地域の状況に鑑み、酸性雨による悪影響が深刻な問題となる恐れがあったことから、1993年から「東アジア酸性雨モニタリングネットワークに関する専門家会合」が4回にわたり日本で開催され、酸性雨の現状やその影響、さらには地域協力の方向性に関しても議論が行われました。ここでは、酸性雨の影響は降下物(雨・雪・ガス・エアロゾル等)の酸性度のみならず、さまざまな化学成分や土壌の耐性など多くの要素に依存する複雑な現象であり、総合的なアプローチが不可欠であること、酸性雨の状況を的確に把握するためには、降水のpH測定のみならず、含まれるイオン濃度の測定等も実施する必要があることなどが確認されました。また、当時は、各国のモニタリング方法や精度が異なっており、測定結果を相互に比較・評価できる状況にはなかったことから、専門家会合は各国が酸性雨モニタリングを統一的な手法によって実施する地域的なモニタリングネットワーク作りの推進を提案したものです。

2. 試行稼動 (1998-2000)

専門家会合での成果をもとに1998年3月に、「東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)に関する第1回政府間会合」が横浜で開催されました。この会合では、活動の目的と内容、設立時期、組織や財政などネットワークの基本的なあり方について各国の意見調整が図られ、「東アジア酸性雨モニタリングネットワークの設計(暫定版)」が取りまとめられました。また、本格的なネットワーク活動を行うために必要な知見と経験を集めるため、東アジア酸性雨モニタリングネットワークの試行稼動が、1998年から約2年半にわたって実施されました。試行稼動時の参加国は、中国、インドネシア、日本、マレーシア、モンゴル、フィリピン、韓国、ロシア、タイ及びベトナムの10か国でした。

試行稼動の目的
ネットワーク活動及び関連するガイドライン・技術マニュアルの実施可能性を検討すること
参加国に対し、ネットワークに対応する国内モニタリング体制を整備するための時間的余裕を与えること
ネットワークの更なる発展のための政策的勧告を行うこと

3. 本格稼動 (2001~)



第2回政府間会合(2000年)

2000年10月25日から26日に試行稼動に参加した東アジア10か国が参加して、EANET第2回政府間会合が新潟で開催されました。同会合では、試行稼動期間中の活動成果を評価し、2001年1月から本格稼動を開始することを決定しました。主な決定事項は次のとおりです。

2001年11月に第3回政府間会合がタイのチェンマイで開催され、EANET会議規則が採択され、また、EANETデータの公開規則も採択されました。2001年以降、政府間会合はこのEANET会議規則に基づき原則として毎年1回開催されています。また、政府間会合に先立ち、科学的技術的事項に関し政府間会合への助言・支援を行うための科学諮問委員会会合(SAC)が開催されています。参加国も、本格稼働開始以降2001年にカンボジア、2002年にラオス、また、2005年にミャンマーの参加が承認され、2005年以降はこの3参加国を含む13か国でEANET活動が行われています。

第2回政府間会合における決定事項
EANETの試行稼働活動が成功したと評価し、その成果物である「EANET試行稼働におけるモニタリング状況報告書」を公表する。
「ネットワークの実施に関する共同声明」及び「EANETの暫定設計」に基づき、本格稼働を2001年1月から開始する。
国連環境計画(UNEP)をEANET事務局として指定する。
日本の酸性雨研究センター(現アジア大気汚染研究センター)をEANETネットワークセンターとして指定する。
暫定科学諮問グループが承認した技術文書に基づきEANETのモニタリングを実施する。

4. EANETの強化のための文書に基づく活動 (2012~)


第12回政府間会合(2010年)参加13ヶ国の代表者

2001年1月からEANET本格稼働が開始されたものの、酸性化物質及び関連物質モニタリング活動が中心となってきたこと及びIG2で採択されたEANETの実施に関する共同声明にも言及されていた将来の酸性雨による環境への悪影響の防止に関する議論の必要性等も踏まえ、2004年からEANETの活動範囲(スコープ)拡大に関する議論が行なわれました。その結果、2005年に新潟で開催された第7回政府間会合においてEANETへの資金拠出のための確固とした基盤となる文書とその法的性格についての議論の開始等を含む「新潟決定」が採択され、翌2006年からそのための議論が開始されました。最終的に、2010年に新潟で開催された第12回政府間会合において「EANETの強化のための文書」が採択され、13か国政府代表者の署名を得た上で、2012年1月からこの文書に基づく新たな活動がスタートし現在に至っています。この文書においては、それまでもモニタリング対象物質であった酸性雨の関連物質としてのオゾン及びPMがより明確にモニタリング対象物質として定義され、また、IG決定によるスコープ拡大の規定の創設、参加国からの活動資金の貢献制度の制定等も行なわれ、より国際組織としての体制を整えたEANETとなりました。IG12における主な決定事項は下記のとおりです。また、2013年以降もEANET活動の一層の推進に関して更に議論が行われ、オゾンやPM2.5のモニタリングの推進等についても合意され、近年、そのサイト数も増加し、より充実したモニタリング及びその関連活動が行われています。

第12回政府間会合(IG12)における主な決定事項
EANETの強化のための文書を採択する。
EANETの強化のための文書に全ての国が署名した日、又は2012年1月1日のいずれか早い日に運用を開始する。