一般財団法人 日本環境衛生センター

アジア大気汚染研究センター

Asia Center for Air Pollution Research (ACAP)

 

アジア域における大気汚染物質・気候変動関連物質の排出インベントリに関する研究 (2011年~)

アジア域排出インベントリREASの開発

経済成長と人口増加が著しいアジア域では、エネルギー、自動車による輸送、工業製品、農畜産物などへの需要の増加が続いており、その結果、世界で最も大気汚染物質、地球温暖化関連物質を排出する地域となっています。従って、大気汚染、地球温暖化双方を緩和する共便益(コベネフィット)に対するポテンシャルが高い地域と考えられますが、一方で、大気汚染物質の中には、例えばPM2.5の主要成分である硫酸エアロゾルの様に、寒冷化に作用する(その削減が温暖化の効果をもたらす)ものも存在しており、問題を複雑にしています。従って、様々な物質に対する排出量削減の効果を把握しなければなりませんが、そのためには、関連物質の排出量を精度良く把握することが第一に必要となります。また、大気質モデル、化学気候モデルを用いた削減効果の評価・検証も必要となりますが、そのためには、グリッドデータを含めた長期ヒストリカル排出インベントリが不可欠となります。

その様な背景のもと、本研究では、任意の発生源、排出プロセス、排出に関連する技術、除去に関連する技術に対する排出量の推計、発生源対策の定量評価、任意のシナリオに対する排出量の推計、大気モデル入力用グリッドデータの作成を可能とする、アジア域排出インベントリシステムREASを開発しています。2020年現在のバージョンREASv3.2は、アジア全域の人為発生源(燃料燃焼、産業プロセス、農業、蒸発など)を対象とし、1950-2015年のSO2、NOx、CO、NMVOC、NH3、PM10、PM2.5、BC、OC、CO2の国別(日本・中国・インドは領域別)排出量テーブルデータ、0.25°×0.25°の月間排出量グリッドデータが公開されています(Kurokawa and Ohara, 2020)。REASは継続的に更新・改良が進められており、対象年次の更新、対象物質・発生源の拡大が検討されています。

アジア域における大気汚染物質・気候変動関連物質の排出実態と経年変化の解析

本研究により、大気汚染物質・気候変動関連物質のアジア全域における1950-1955年の平均年間排出量、2010-2015年の平均年間排出量、その間の増加率は、SO2: 3.2 Tg/年, 42.4 Tg/年, 13.1; NOx: 1.6 TgNO2/年, 47.3 TgNO2/年, 29.1; CO: 56.1 Tg/年, 303 Tg/年, 5.4; NMVOC: 7.0 Tg/年, 57.8 Tg/年, 8.3; NH3: 8.0 Tg/年, 31.3 Tg/年, 3.9: CO2: 1.1 Pg/年, 18.6 Pg/年, 16.5; PM10: 5.9 Tg/年, 30.2 Tg/年, 5.1: PM2.5: 4.6 Tg/年, 21.3 Tg/年, 4.6; BC: 0.69 Tg/年, 3.2 Tg/年, 4.7: OC: 2.5 Tg/年, 6.6 Tg/年, 2.7と推定されました。この60年の間に、全ての物質の排出量は大幅に増加しましたが、増加の傾向には物質・地域によって違いが見られていました。

現在のアジアにおいて、ほとんどの大気汚染物質に対して最大の排出国となっているのは中国ですが、脱硫装置、脱硝装置などの除去装置の導入や、石炭・バイオマス燃料からクリーン燃料などへの燃料転換の効果により、近年では多くの物質について排出量は減少傾向を示しています。一方、インドは発電所や工場における石炭燃焼、自動車などからの排出量の増加傾向が続いており、近年報告されているインドの大気汚染深刻化の要因となっています。また、東南アジア諸国おいても、経済発展や自動車保有台数の増加に伴い、多くの国で大気汚染物質排出量が増加傾向を示しています。日本は他のアジア諸国と状況が大幅に異なっており、高度経済成長に伴うエネルギー消費量及び自動車走行量の増加により、大気汚染物質の排出量は、主に1960-70年代に大きく増加しました。しかし、その後は発生源対策の効果によって排出量は減少に転じ、現在ではピーク時から大幅に排出量が削減されています。この様に、アジア域の大気汚染物質の排出とその変動は複雑化してきており、排出インベントリの定期的な更新による状況把握が不可欠な状況となっています。

国内外の大気環境関連プロジェクトへの貢献

REASは国内外の様々な大気環境関連プロジェクトにおいて活用されています。アジアにおける大気質モデル・化学気候モデルの比較研究プロジェクトMICS-Asia(Model Inter-Comparison Study for Asia)においては、共同研究者の排出インベントリを組み合わせることで、信頼性の高いアジア域排出インベントリMIXが開発されましたが(Li et al., 2017)、REASはそのアジア域のベースデータとして使用されました。MIXは、大気汚染物質の半球規模輸送に関するタスクフォース(The Task Force on Hemispheric Transport of Air Pollution (TF HTAP))の全球排出インベントリにも組み込まれており、世界中の研究者によって活用されています。また、REASは、「平成27及び28年度光化学オキシダント調査検討業務」における「光化学オキシダントシミュレーションによる解析作業部会」、「平成28年度微小粒子状物質(PM2.5)発生源寄与割合推計に関する検討会」など、環境省の検討業務においても活用されています。

本研究は、環境省/環境再生保全機構・環境研究総合推進費戦略的研究開発領域課題(S-7、S-12)、日本学術振興会・科研費(19K12303)の支援の下に実施されたものです。

本研究に関連した発表論文は以下のとおり。